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①身体感覚の共有

by 長尾彰

言葉を使わないコミュニケーションが増えれば増えるほど、集団の中に流通する情報量も増える。

身振りで伝える、身振りを観る。

表情で伝える、表情を読む。

体の向きで伝える、体の向きで受け取る。

握手の強さで伝える、握手の強さで受け取る。

視覚情報としてのテキスト以外での情報のやりとりって意外と(無自覚に)してるんですよね。

ここで言いたいのは「あなたの身体全体の動きは、相手の思考と意志判断に連動している。」ということです。

霊長類にはミラーニューロン、という神経細胞があるんですって。

あくびの伝染(イヌからヒトに伝染することもある)やまばたきのタイミング、乳児が保護者の表情を真似ること、これもミラーニューロンのはたらきだとか。

お互いの身体の動きがお互いの思考に作用している。

ということは、身体感覚を共有するということは、お互いの記憶にお互いの存在そのものでアクセスすること、つまり「覚え合う」ということなんじゃないだろうか。

もし相手が自分の「記憶装置」だとしたら、自分が忘れていることが相手の記憶にあるかもしれない。

身体感覚の共有をするのに最も直接的な効果があるのはセックスだと思います。

身体的で物理的な身体接触と、精神的肉体的な接触の記憶。

「快」に振れれば「幸せ」だし「不快」に振れれば「苦痛」になる。

「あの時のあの感じ」がふたりを繋げることがあります。

もちろん誰それ構わずセックスするわけには行かないから、間接的に身体感覚を共有する工夫はたくさんあるはず。

いっしょに歩く。同じものを見て同じものを食べる。

同じ匂いを嗅ぐ、同じものに触れる。

二人で同じ事柄を記憶すること、それも「快」を残すことがコミュニティのはじまりなのだと思います。

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